イライラして自己嫌悪に陥る。自分が嫌になってくる。

 イライラして自己嫌悪に陥る。自分が嫌になってくる。子育でも同じ事が言える。子供を愛したい気持ちはあるが、いろいろ悩みが出てくる。皆子供を愛しているが悩みが多い。

 みんな幸福になりたいと思っているのに幸福になれない。これは一体なんだろう。何がそうさせているのだろうか考えざるを得ない。私も幸福になりたいし、子供を幸せにさせたいし、子供を愛している。ところが現実は簡単ではない。どうしてなんだろう。

 何度言っても約束を守れない。
 行動が遅い。
 はっきりとしない。
 話したことと違うことをする。
 すぐに返事をしない。
 聞いてもすぐに答えない。
 嫌なしぐさをする。
 挨拶がきちんとできない。
 教えても聞かない。
 何度教えても解らない。

 こんなことが続くとイライラしてしまう。これは結論から言うと子供には何の責任はないと思う。全部親に責任があると言う自覚から問題の解決が出発するように思える。

 自己嫌悪に陥る。良心の呵責を感じる。これはあらかじめ自分はどのようにしないといけないか解っていて、そのようにできない自分が情けない、嫌になるのである。ある程度妥協したいので相談したくなる。言い方を替えると、妥協しないとやってゆけないと言うことだろう。

 自分で解っていながらできないこの問題がいろいろな形になって発展している。幸福になりたいがなれない、子供を愛しているが問題になる。

 自分を犠牲にしないと子育ては難しいし、自分も親になってゆけないのは経験上感じる。子供に対して親の立場に立つこともあれば、男の子だったら兄のようにも、弟のようにもなれる心が自分の中にあるか。子供と話すときはしゃがんで同じ目線で話してあげるとか、自分の経験,体験,観念、概念、常識を捨てて、今目の前にいる子供の立場になって考えるとか、できるならば必ず良い方向に解決の道が開けるのではないかと感じる。

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